2010年01月25日

役小角(えんのおづぬ)

「この国のかたち(5)」(4)
司馬遼太郎
ryotarou shiba
1923-1996
2008.6.25.8刷(文春文庫)

---神道(5)---

<役小角(えんのおづぬ)>
修験(山伏)の祖、役小角が七世紀末に実在
したと「続日本紀」に記述されている。
彼は呪術者であり、神々をもこきつかったと
ある。彼の呪術は仏教によるものだと「日本
霊異記」にある。彼は「孔雀明王」の呪法を
学んだ。
江戸時代も山伏はさかんだった。非僧非俗の
山伏を幕府は天台系(京都の聖護院)と真言
系(醍醐の三宝院)に束ねさせた。つまり
山伏が仏者なのか神道の徒なのかという課題
について、仏教のほうに四捨五入した。
しかし山伏たちの行体をみると神道のにおい
が濃い。山伏は神道ふうに身を浄め、物忌み
をする。
明治維新による号令、神仏分離によって修験
の千年の聖地、霧島山の西御在所霧島六所権現
は県社霧島神社という神道施設になった。
変なもので、霧島山伏たちは、国家によって
神道にされてしまうと、本来のわが身の仏教的
要素をもてあましてしまい、居づらくなった。
彼らは、追われるように四散した。

panse280
posted at 20:46

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