2009年09月27日

ベルリン大学哲学科に提出した履歴書

「存在と苦悩」(3)
ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer
金森誠也訳編(白水社)
1974年11月25日第9刷

<わが半生>p9-25
(ベルリン大学哲学科に提出した1819年付のラテン語
によるショーペンハウアーの履歴書)

この履歴書は、31歳の自叙伝である。小説風である。

「私がこの世の光を見たのは、1788年2月22日であった。
・・・私はすんでのところで、イギリス人になっていた
ところであった。なぜなら、母は臨月まじかになって、
はじめてイギリスを去り、故国に帰ったからである。
・・・私が父にどれほどの恩義を受けていたかは、筆舌
に尽くしがたいものがある。・・・父のおかげで私は
若いころから、実用上の知識を獲得することができた。
・・・(商人修行の挫折、父の死、ゲーテとの交友、
学者としての道、・・・)・・・
1818年、ついに私は、5年間にわたり持続的に打ち込ん
できた哲学大系を完成させた。(「意志と表象としての
世界」)このように11年間も学問研究活動を続けてきた
私は、いこいを得るために旅行しようと決心した。
・・・
(ウィーン、ヴェネチア、ボローニア、フィレンツェ、
ナポリ、ポンペイ、ヘルクラヌム、プテオリ、バヤ、
クマ、ポセイドン、パドゥア、ヴィセンツァ、ヴェロナ、
ミラノ、スイス・・・)
・・・
かくて11ヶ月の旅行を終え、今年の8月、ドレスデンに
もどった。しかし、これまではただ学びたいという欲求
にとらわれていた私も、今後は人を教えたいと欲するよ
うになった。私のこの欲求を満足させるため、私はいま
ここで、ベルリン大学の栄えある哲学科に申込みをした
しだいである。」

補記:上記は「履歴書」であるから「人を教えたいと欲
するようになった。」とアピールしているが、実は、

1819(31歳) ムール商会倒産。財産の一部を失う。
      生活のために大学教師職を探す。

という事情があったのである。

panse280
posted at 16:09

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