2009年08月29日

哲学の勉強について(2)

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「哲学入門」(3)
旺文社文庫(斎藤信治訳)昭和45年6月1日発行
本書は「意志と表象としての世界」の約1/6の縮小訳。

<哲学の勉強について>(2)
理論的な哲学の領域においては、プラトンとアリスト
テレスという巨人がそびえ立っています。
アリストテレスのほうはあくまでも根拠律を導きの糸
として認識の道をたどってゆきます。ところがプラトン
のほうは、そういう根拠律にたよるような認識を捨て
去って、それと全く反対のイデアの認識を把握しよう
としているのです。プラトンの道は芸術へ、アリスト
テレスの道は科学へ、という道でした。
アリストテレスは自分の偉大な恩師であるプラトンの
イデア論をつまらぬ屁理屈を並べて攻撃しました。
アリストテレスは深さにおいてはプラトンにはるかに
及びませんでした。
プラトンこそは哲学する者にとっての本当の学校なの
です。未来の哲学者も、プラトンにこそは無限に深い
感謝を捧げねばなりますまい。

キリスト教の出現によって哲学は暗黒の時代を迎えます。
僧侶たちが世界を支配するようになったのです。哲学は
スコラ哲学のような「神学の侍女」となりました。

やがて文芸復興の光が射してきます。注目するのは、
フランシス・ベーコンです。彼の目指したのは思弁哲学
ではなく経験的な学問、とくに自然科学でした。
英国の哲学思潮を形成していたのは、ベーコン、ホッブス
、ロック、ヒュームであり、仏独の哲学思潮を形成して
いたのは、デカルト、マールブランシュ、ライプニッツ、
ヴォルフでしたが十七世紀の初めに、以上すべての人たち
よりもはるかに偉大な二人の哲学者が出現しました。
ジョルダーノ・ブルーノ(1548-1600)とバルフ・スピノザ
(1632-1677)です。ブルーノは殺され、スピノザは迫害さ
れました。彼等が認められるのは十九世紀になってから
です。

(つづく)

panse280
posted at 20:57

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