2009年07月25日

聖者にいたる前段階としての芸術家ショーペンハウアー

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集別巻」(409)
--「生涯と思想」--(15)


「ショーペンハウアー,1938」
(トーマス・マン)より(18)

<聖者にいたる前段階としての芸術家ショーペンハウアー>
「彼(ショーペンハウアー)にとって、性は、純粋
な観想をさまたげる悪魔であり、認識は、「もし
なんじの眼がなんじを躓(つまづ)かせるならば、
抉(えぐ)りてこれを捨てよ」と呼びかける、あの
性の否定である。「たましいの平安」としての認識、
鎮静剤としての、「純粋」観照という救済的な、また
意志からの解脱へと救済された状態としての芸術、
生への意志一般から解脱した聖者にいたる前段階と
しての芸術家、これがショーペンハウアーである。」

ショーペンハウアーの禁欲主義はゲーテには
合わなかった。

「「意志と表象としての世界」を読みながらいくつか
の帰結には賛成をしながらも、本質的な点では好きに
なれず、「憂鬱な」気持ちをおぼえたかもしれない。
そして、頭を横にふりながら、この本を閉じて、脇に
おいたことであろう。事実、われわれが知っていると
ころでは、ゲーテは、しばらくは好奇心をそそられな
がらこの本を読みはじめたものの、ついに最後までは
読まなかったのである。」

「ショーペンハウアーの精神形式は、・・・ロマン
主義的というよりはむしろ現代的である。・・・
(ショーペンハウアーは)ゲーテよりも「現代的」で、
より多くの苦悩と辛さをかかえているが、ニーチェに
比べると、ずっと「古典主義的」で、たくましく、
健康である。」

「意志の心理学者としてのショーペンハウアーは、
あらゆる現代心理学の父である。」

panse280
posted at 22:08

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