2009年04月22日

美の形而上学と美学によせて

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(13)」(317)
--「余録と補遺:哲学小品集 第二巻」--(34)
--Parerga und Paralipomena--

<美の形而上学と美学によせて>
「誰でも感じることだが、あるものが気に入って
楽しいということは、もともとそれがわれわれの
意志に対してもつ関係、あるいは、好んで使われ
る言い回しでいえば、われわれの目的に対する関
係から起こりうるのであって、したがって意志を
動かすことのない喜びなどというものは、一つの
矛盾であるように見えるのだ。
それにもかかわらず、美しいものが、なんらわれ
われの個人的目的、つまりわれわれの意志に関係
をもたないのに、美しいというだけで、われわれ
の快適感・喜悦をよび起こすことは、全く明らか
なことである。
この問題を私は次のように解決したのだった。
つまりわれわれが美のうちに把握するのは、いつ
でも、生命をもった自然ならびに生命をもたない
自然の本質的で根源的な姿、つまりプラトンの
イデアであるということ、この解釈の条件になって
いるのは、イデアの本質的相関概念である意志に
わずらわされない認識主体、すなわち意図や目的
をもたない純粋な知性だ、ということであった。
この理によって、ものを美的に見る場合には、意志
は完全に意識から姿を消すのである。
ところでこの意志だけが、われわれの全ての悲嘆
や苦悩の源泉なのだ。この意志が姿を消すという
ことこそ、美の把握にともなうあの快適と喜びの
根源なのである。
つまり苦悩の起こる可能性をすっかり除去するこ
とに、美の把握はもとづいているのだ。」

panse280
posted at 20:21

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