2009年03月27日

死後の世界

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(13)」(292)
--「余録と補遺:哲学小品集 第二巻」--(9)
--Parerga und Paralipomena--

<死後の世界>
「われわれは死によって知性を失うが、そのことに
よってわれわれは認識をもたない根源的状態に移さ
れるにすぎない。この根源的状態は、認識をもたない
からといって、まったく意識のない状態であるとも
かぎらず、むしろ主客の対立が脱落した状態なので
あろう。なぜなら、ここでは、認識されるべきもの
が認識するものと真に直接に一体になっているであろ
うし、あらゆる認識の根本条件(主客の対立)が欠け
ているからである。」

<死後の世界>は主客の対立がない禅の世界に似ている。

参考1:<全ての問いはおのずから解決される>鈴木大拙
「問いはけっして問う者から引き離さるべきではない
とするのが、仏教の行き方である。両者が分たれてい
るかぎり、問う者に解決はもたらされないであろう。
・・・問いを解くとは、それと一つになることである。
この一つになることが、そのもっとも深い意味において
行われる時、問う者が問題を解こうと努めなくとも、
解決はこの一体性の中から、おのずから生まれてくる。
その時、問いがみずからを解くのである。これが、
「実在とは何か」という問いの解決についての仏教者
の態度である。」」

参考2:<悟り>鈴木大拙
「悟りとは、問いと自分が一体化することによって、
問う者が問題を解こうと努めなくとも解決がその一体
性から、おのずから生まれてくる状態である。」

参考3:<霊性>鈴木大拙
「なにか二つのものを包んで、二つのものが結局二つ
でなくて一つであり、また一つであってそのまま二つ
であるということを見るものがなくてはならぬ。
これが霊性である。・・・・霊性を宗教意識と言って
よい。・・・・即ち霊性に目覚めることによって初め
て宗教がわかる。」

panse280
posted at 20:21

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