2008年09月04日

誰もが自分より優れている人間からは逃げる

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(6)」(100)
--「意志と表象としての世界(全四巻)」の第二巻補足--(5)


<固い話はそのへんで--知性の中に人間はいない-->
「意志の単なる道具たる知性は、ハンマーが鍛冶屋と違う
ように、意志とは違っている。会話のさいに、知性のみが
活動しているかぎり、こうした会話はあくまでも冷静であ
る。それはほとんど、人間そのものがそこにいないかのよ
うである。その時には又人間が本来の意味で侵害されるこ
とはありえず、せいぜい笑いものになりうるだけである。
意志が活動しはじめる時になって初めて、人間が現実にそ
こに存在するのである。そのとき人間は暖かくなる。
いや、むしろしばしば熱を帯びた、ただならぬ雲行きとな
るのである。」

<頭の良い人ほど嫌われる>
「全ての心の喜びと全ての心の陽気さは、人々が、その
人と比べると自分自身の方が高いと考えることが出来る
ような人を所有するということに基づいている。」
(「国家論(ホッブス)」

「誰もが自分より優れている人間からは逃げる」

「ある種の人間にとって、頭脳の良い人とは、札付きの
極悪人よりもっと始末の悪い被造物である」
(リヒテンベルク「論文集第2巻」)

「凡庸な人間は、才気のある人間を見分けてこれを避ける
ための、ある確実で敏活な本能を持つ」
(エルヴェシウス「精神について」)

「会話において光り輝く優秀な能力をひけらかすことほど、
大抵の人をいまいましがらせるものはない。その時には
彼らは嬉しがったように見える。しかし彼らの羨望は、内
心で彼らに彼を呪わせるのである。」
(「ジョンソン伝」)

「自ら多くの精神(才知)を持っている者のみが、才知に
富む者を自分の仲間として持ちたがるであろう。」


panse280
posted at 21:31

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字