2008年09月01日

持続的な精神労働は休憩と安息を要求する

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(6)」(97)
--「意志と表象としての世界(全四巻)」の第二巻補足--(2)


<知性は疲れる。意志は疲れない。>
知性は疲れる:一切の認識作業は緊張と結びついている。
脳とともに知性は年をとると萎える。

意志は疲れない:意欲は自己固有の本質であってその発現
には全く努力を要せず、全くひとりでに生ずる。
年をとっても、意志の活動は全く衰えを見せない。
意志は知性のごとく身体の一機能ではなく、身体が意志の
機能である。
老人になると知性の鈍化とともに意志の横暴が顕著になり、
わがままで御しがたくなる。

<軽率さ>
軽率さ、というものは意志がその時期の至らぬ先に、つまり
知性が様々な認識データを収集する前に、自分の仕事に取り
かかるということである。その結果として後悔する。


<持続的な精神労働は休憩と安息を要求する>
「安息が長い間知性に与えられなければ、つまり知性が度を
越えて絶えず緊張させられるならば、その結果知性の絶え間
ない鈍化が生じて、この鈍化は年を取れば全くの無能力、
もうろく、愚純や狂気に移行することがある。この害が人生
の晩年に現れるとするなら、それは絶対的に老齢にではなく、
長いこと絶えず横暴に知性や脳を緊張させすぎてきたことに
帰せられるべきである。」

panse280
posted at 21:17

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