2008年07月24日

生への意志の否定を目指した人類の歴史

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(3)」(59)
--「意志と表象としての世界」--

<第四巻 意志としての世界の第二考察>
--自己認識に達した場合、生への意志の肯定と否定--


<生への意志の否定を目指した人類の歴史>
自愛の否認、快楽の拒絶、所有物の捨離、住まいや
身内の者を捨て孤独に生き、意志の全面的な制欲に
至る・・・インド四千年の倫理もキリスト教の聖者
も至るとこは同じである、という驚嘆すべき一致。

タウラーが「完全な貧困こそ人の求むべきもの」と語る
のは意志の全面的な滅却を目指しているからである。

<生への意志を否定した人の特徴>
「悪人はその意欲の激しさのために絶え間なく身を
さいなむ内的な苦悩を背負っており、とどのつまりは
その意欲の客体がすっかり尽きてしまうと、他人の
痛苦を眺めることによって我意のものすごい渇きを
癒すのであった。

ところがこれと反対に、生への意志の否定が立ち
現れている人は、その状態が外見上はどんなに貧し
く、喜びがなく、足りないことだらけであっても、
内面は喜びに満ち、真実の天上の静けさに満ちてい
るのである。・・・
生への意志を否定した人の状態は揺るぎのない平和
であり、深い静けさであり、内面の晴朗さである。」
(第六十八節)

panse280
posted at 20:16

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