2008年07月18日

意志の否定への道--禁欲

ショーペンハウアー 1788-1860
arthur schopenhauer

「ショウペンハウアー全集(3)」(54)
--「意志と表象としての世界」--

<第四巻 意志としての世界の第二考察>
--自己認識に達した場合、生への意志の肯定と否定--

<意志の否定への道--禁欲>
「禁欲はみずから進んで貧困を目指すという姿をとる
ことがある。そういう貧困は、他人の苦しみを和らげ
ようとして所有物を投げ与えるというように、偶然に
生ずるものだけではない。

それはここではそれだけで目的自体なのであり、自己
認識が意志に対して嫌悪感を抱いているのに、願いの
充足や生の甘美さがその意志をふたたび刺激すること
がないよう、意志をたえず制欲することの役に立たね
ばならないのである。

こういうところまで達した人でも、生身の身体であり、
具体的な意志現象であるからには、まだ依然として
各種の意欲への性向を感じとる。しかし彼はこの性向
を抑制しようともくろむ。

それは、彼がしたいと思うことは何一つしないように
自分に強い、逆にしたくないことは、意志の制欲に役
立つという目的以外にはなんの目的のないものであって
も、すべてするように自分に強いることによってである。

彼はおのれの人格に現象している意志そのものを否定
するのであるから、他人が同じことをしても、すなわち
彼に不正を及ぼしても、抵抗はしないであろう。

それゆえ、偶然によるにせよ、他人の悪意によるにせよ、
外部からふりかかる苦しみのすべてを彼は喜んで迎える。」
(第六十八節)


参考:上記の文章を読んで、思い出すのは
宮沢賢治である。

「雨ニモマケズ(宮沢賢治)」

「雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク
決シテイカラズ
イツモシズカニワラッテイル

一日ニ玄米四合ト 味噌ト 少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲ カンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ

東ニ病気ノコドモアレバ 行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ 行ツテ
コハガラナクテモ イイトイヒ
北ニケンカ ヤ ソシヨウガアレバ
ツマラナイカラ ヤメロトイヒ

ヒデリノトキハ ナミダヲナガシ
サムサノ ナツハ オロオロアルキ
ミンナニ デクノボートヨバレ
ホメラレモセズ クニモサレズ

ソウイフモノニ
ワタシハ ナリタイ」

panse280
posted at 19:58

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