2007年11月16日

なぜ、信長は比叡山を焼いたか

渡部昇一
shoichi watanabe 1930-

「かくて歴史は始まる」(2)


<なぜ、信長は比叡山を焼いたか>

--織田信長とフランス革命の共通点--
「フランス革命は啓蒙主義が産んだ革命である」

「いかなる大きな宗教でも、それは私事である」
(カント)これが啓蒙主義の始まりである。
つまり、宗教を政治から排除する思想である。

「信長は、なぜ比叡山を焼き討ちし、本願寺を
攻撃したか、---答えは単純で、彼らがあまりに
も政治的存在になり、信長のやろうとしたことを
妨害したからに外ならない。・・・
まさに、これは啓蒙主義的発想といえよう。
しかも信長は、政治に口出しさえしなければ、
宗教にたいへん寛容であった。」


「フリードリッヒ大王(1712-86)は啓蒙的専制君主
の典型と言われる。・・・
というより、信長こそが、世界史における啓蒙的
専制君主の最初であったと言ってもよいかと思われる。」

panse280
posted at 19:47

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