2007年04月14日

<知>にとっての最後の課題

吉本隆明1924-
takaaki yoshimoto

「最後の親鸞」(2)


<<知>にとっての最後の課題>
「<知識>にとって最後の課題は、頂きを
極め、その頂きに人々を誘って蒙をひらく
ことではない。頂きを極め、その頂きから
世界を見おろすことでもない。頂きを極め、
そのまま寂かに<非知>に向って着地する
ことができればというのが、おおよそ、ど
んな種類の<知>にとっても最後の課題で
ある。」

「どんな自力の計(はから)いをもすてよ、
<知>よりも<愚>の方が、<善>よりも
<悪>の方が弥陀の本願に近づきやすいの
だ、と説いた親鸞にとって、じぶんがかぎ
りなく<愚>に近づくことは願いであった。
愚者にとって<愚>はそれ自体であるが、
知者にとって<愚>は、近づくのが不可能
なほど遠くにある最後の課題である。」

panse280
posted at 19:58

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