2006年09月24日

漱石と鴎外

高橋昭男1936-
akio takahashi

「漱石と鴎外」(1)

<漱石>
「僕はセント・ポール大聖堂を建てるような
美術建築家になりたい。」
(夏目漱石21才)

「千万人に一人の天才」
(子規が漱石(金之助)の「木屑録」を読んで
激賞した言葉)

・明治26年7月、漱石は東京帝大英文科を卒業。
英文科の卒業生は漱石一人だった。

・漱石がイギリスに行って驚いたことには
オックスフォード大学にもケンブリッジ大学にも
英文科がなかった。東京帝大に英文科ができて
から28年後にやっと英文科ができた。

「自分は根本的に文学とは如何なるものかを
解決しようと決心した。」(漱石)

「著述を生涯の仕事にすることを決心したが、
売れる自信はない。そのためには金が欲しい。
教師生活は嫌だ。」(漱石の手紙)

新書で入門 漱石と鴎外


panse280
posted at 09:06

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