2006年09月18日

親鸞ー2

鈴木大拙1870-1966
daisetsu suzuki

「日本的霊性」(19)


<親鸞>(2)
「シナの仏教は因果を出で得ず、インドの仏教は
但空(たんくう)に沈んだ。日本的霊性のみが、
因果を破壊せず現世の存在を滅絶せずに、しかも
弥陀の光をして一切をそのままに包被せしめたの
である。
これは日本的霊性にして初めて可能であった。
そうして鎌倉時代がこれを可能ならしめる契機で
あったのである。不思議なことには、千五百年ほど
も継続した歴史を有しながら、浄土系思想は、シナ
においては親鸞的な霊性直覚に到達しなかったので
ある。
それが日本では、源信僧都から法然上人を経過する
と、直ちに親鸞系の思想が台頭してくるのである。
そうしてこの思想はシナにもなくインドにもなく
ヨーロッパ(ユダヤ教・キリスト教)にもないので
ある。
それで親鸞教は仏教でないとさえ言われるのである。」

panse280
posted at 13:11

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