2006年05月16日

俳句は生きた知識と温厚な人間を育てる

岡倉天心1863-1913
tenshin okakura

「東洋の理想」(35)完


<展望>
<俳句は生きた知識と温厚な人間を育てる>
「日本の鄙(ひな)の旅人もまた、その漂泊の途上、
名所を去るときにはかならず彼の発句、すなわち、
どんな無学な者にも可能な芸術形式である短詩、を
残していくのである。
このような様式の経験を通じて、円熟しかつ生きた
知識、堅固にしてしかも温厚な成人の調和した思想
感情としての東洋的な個性の概念が育てられるのである。」


<汝自身を知れ>
「いかなる木も、種子の中にある以上に偉大になる
ことはできない。生命はつねに自己への回帰の中に
存する。」


資料:
「東洋の理想」1903刊行
「茶の本」1906刊行

1877東京大学文学部に15才で入学、政治学・理財学
(経済学)を学ぶ。
25才のフェノロサ(1853-1908,政治学講師)と出会う。
(在学中からフェノロサの通訳をおこなう)
29才東京美術学校(現、東京芸大)の校長に就任

天心の事件(卒業論文):
「英文の論稿「国家論」を提出間際に若妻15才(天心19才)
に原稿を焼かれた。そこで、2週間で「美術論」を書いて
提出した。」

panse280
posted at 19:57

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