2006年05月10日

狩野永徳

岡倉天心1863-1913
tenshin okakura

「東洋の理想」(30)


<豊臣および初期徳川時代(1600-1700)>(2)

<金箔の多用>
「桃山の宮殿兼城郭の有名な「百双」の屏風のうちの
何枚かが、秀吉の行列の間路傍を幾マイルにもわたって
飾った屏風の何枚かとともに、今日もなお保存されている。」

<風雅よりは富を誇示する大名>
「短気な大名たちは、疲れ切った芸術家たちに、かれらの
命令を一斉に雨と降らせ、あるときには、御殿を、装飾も
施して、一日で完成せよと要求したこともあった。
そして、狩野永徳は、多数の弟子を率いて、広大な森林や、
華麗な羽を持った鳥や、勇気と王者の境涯を象徴する獅子
と虎を描くなどしながら、かれらの庇護者たちの豪勢な
大騒ぎの真っ只中にあって仕事を続けたのである。」

panse280
posted at 21:50

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