2005年09月19日

真人とは何だ?(3)

荘子bc369-bc286
soushi

「荘子」(15)

<真人とは何だ?(3)>
昔の真人は、その有様は高々としているが崩れること
がなく、なにか足りないようにみえるが全く充実して
いる。のびのびとして孤独でいるが頑固ではなく、
おおげさでいてとらえどころがないが浮ついてはいない。
晴れ晴れとして明るく楽しげであり、ぐずぐずとして
やむをえない有様でもある。
奮い立ってその外なる表情を動かし、のびのびとして
その内なる徳にとどまっている。
ひろびろとしておおらかな有様であり、超然としていて
世事につなぎとめることはできない。
ゆったりしてひまでいるのを好むかのようであり、無心
な有様でことばを忘れている。

自然の立場と人間の立場とがせめぎあわないで調和して
いる、それが真人といわれるものである。


panse280
posted at 18:23

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字