2004年07月28日

愛国心の矛盾

三島由紀夫1925-1970
yukio mishima

「愛国心」

以下、切腹2年前、43才三島氏の
文章で、
「今の日本では、冷静に日本を見つ
めているつもりで日本の本質を逸
した考え方が、あまりにも支配的
なことである。」いう部分に彼の
思いを見る。


日本人養成講座

「実は私は「愛国心」という言葉が
あまり好きではない。・・・・
愛という言葉は、日本語ではなくて、
多分キリスト教から来たものだろう。
日本語としては「恋」で十分であり、
日本人の情緒的表現の最高のものは
「恋」であって、「愛」ではない。
もしキリスト教的な愛であるなら、
その愛は無限定無条件でなければな
らない。従って、「人類愛」という
のなら多少筋が通るが、「愛国心」
というのは筋が通らない。
なぜなら愛国心とは、国境を以て閉
ざされた愛だからである。」

「恋が盲目であるように、国を恋う
る心は盲目であるにちがいない。
しかし、さめた冷静な目のほうが日
本をより的確に見ているかというと、
そうも言えないところに問題がある。
さめた目が逸したところのものを、
恋に盲(めし)いた目がはっきり
つかんでいることがしばしばあるの
は、男女の仲と同じである。
一つだけたしかなことは、今の日本
では、冷静に日本を見つめているつ
もりで日本の本質を逸した考え方が、
あまりにも支配的なことである。」
(以上「朝日新聞」昭和43年1月8日)


panse280
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