2004年07月15日

人間からサルへの進化?

正高信男1954-
nobuo masataka

「ケータイを持ったサル」

サル学者の著者でなくとも、一部の
若者の生態は、異人種というより、
まるで珍種のサルをみているような
錯覚を覚える。
彼等若者を、前頭葉発育不全の
欠陥者と片付けても何の解決にも
ならない。
果たして、彼等は、いかにして、
”サル”になったのだろうか?


ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊

「本書を書き終えて私は、今世紀
中ごろには日本人の思考やコミュニ
ケーションは、もっともっとサル的に
なっているのではないかと予想して
いる。それは既成の人間観では想像
できないものではないだろうか。

例えば「はじめにロゴスありき」という
フレーズにあるように、私たちがものを
考える際には、心のなかでことばを操る
のがふつうとされている。しかし生物と
しての人間に返るならば、内言語など
さほど必要でないのかもしれない。
多様な視覚的なイメージが脳裏に
フラッシュして、それにもとづいて行為
決定がなされることだって可能だろう。
「どうしてそんなことをするのか」とか
「何を考えていたのだ」とか尋ねても、
相手が答えたくとも答えられないような
イベントで日常が占められる日が来る
のも、そう遠くないような気がするのは、
私の妄想だろうか。」

panse280
posted at 10:45

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