近松門左衛門1653-1724 71歳
「人間臨終図巻(2)」(114)
山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada
2001.03.15 初版(徳間文庫)
<近松門左衛門1653-1724 71歳>
67歳で「心中天網島」、68歳で「女殺油地獄」
69歳で「心中宵庚申」などを書いた。
彼は、自らの画像に次ぎのような賛をした。
「・・市井に漂いて商買知らず、隠に以て隠に
あらず、賢に似て賢ならず、物知りに似て何も
知らず、世のまがい者、唐の大和の数ある道々、
技能、雑芸、滑稽の類まで知らぬ事なげに、口に
まかせ筆に走らせ一生をサエズり散らし、今わの
際に言うべく思うべき真の一生事は一字半言も
なき倒惑」
これを書いた年の11月22日に彼はこの世を去った。
どんな風に死んだのか、妻子はいかなる人で
あったのかは不明である。
山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada
2001.03.15 初版(徳間文庫)
<近松門左衛門1653-1724 71歳>
67歳で「心中天網島」、68歳で「女殺油地獄」
69歳で「心中宵庚申」などを書いた。
彼は、自らの画像に次ぎのような賛をした。
「・・市井に漂いて商買知らず、隠に以て隠に
あらず、賢に似て賢ならず、物知りに似て何も
知らず、世のまがい者、唐の大和の数ある道々、
技能、雑芸、滑稽の類まで知らぬ事なげに、口に
まかせ筆に走らせ一生をサエズり散らし、今わの
際に言うべく思うべき真の一生事は一字半言も
なき倒惑」
これを書いた年の11月22日に彼はこの世を去った。
どんな風に死んだのか、妻子はいかなる人で
あったのかは不明である。