2013年02月08日

橋本左内 1834-1859 25歳

「人間臨終図巻(機法廖4)

山田風太郎 1922-2001
fuutaro yamada

2001.03.15 初版(徳間文庫)

<滝廉太郎 1879-1903 24歳>
「鳩ぽっぽ」「雪やこんこ」「もういくつ寝ると
お正月」「荒城の月」などの作曲で知られる滝は
結核のため、24歳で死んだ。
結核死のため、未発表作品はすべて処分された。

<橋本左内 1834-1859 25歳>
左内はその翌日の運命を知らなかった。関係者も
無事放免されると思っていた。
奉行でさえ「遠島」とした擬律をみずから筆を
とって「死罪」と改めたのは井伊自身であったと
いわれる。
幕府の水野筑後守が「井伊大老が橋本左内を殺し
たるの一事、以て徳川氏を滅ぼすに足れり」と
嘆じた。

<難波大助 1899-1924 25歳>
めだたないおとなしい少年は受験の失敗を繰り返す
うちに共産主義者になった。
大正12年12月27日、後の昭和天皇の自動車に発砲した。
この事件で、山本内閣は総辞職した。
故郷の難波家は門に青竹を打ち、すべての戸を針金
でくくり、父の作之進は三帖の間に謹慎した。
一流企業に勤めていた兄も退職した。
家には日夜怒号と石つぶてがふりかかった。
翌大正13年11月13日、死刑宣告が下され、わずか1日
をおいて絞首刑に処せられた。明治の大逆事件でさえ
執行は宣告後6日であったのと比較して異例の速さだった。

半年後、父、作之進は餓死に近い状態で61歳で死んだ。
河上肇氏は難波家と遠縁にあたる。

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