2007年10月10日

わが零戦の栄光と悲劇(3)

坂井三郎1916-2000
saburo sakai

「わが零戦の栄光と悲劇」(3)完


「もうあれから二時間ぐらいたったろうか。また
針路をまちがえていないだろうか、不安になって
きた。・・・せめて左目だけでも見えてくれれば
いいがと祈りながら、また手につばをつけては
拭いてみた。そして、なかばあきらめながら、
コンパスをのぞいた。
見えた。神はわたしを見捨てなかった。今度は、
かすかに目盛りが見えるのだ。・・・
しかし、コンパスは見えても、いま自分がどこに
いるのかということがわからなければ、ラバウル
の方向を正確にさがしだすことはできない。
・・・一生懸命になって計算した。・・・
燃料がいよいよ心配だ。よし、運を天にまかせて
左へ直角に曲がろう。・・・わたしはこの針路が
正しい方向であることを神に祈った。・・・
こんなふうにして、だいたい三時間ぐらい飛んだ。
・・・突然、私はドキンとして目をさました。
いままで調子よく回っていたエンジンが、急に
止まってしまったのである。・・・
そうだ、燃料が切れたんだ。主タンクの燃料を
使い切ったのだ。まだ操縦席の前にある胴体タンク
に九十リットル残っている。そうだ、それを使えば
いい。早くするんだ。・・・右手しか使えない・・
エンジンがかかってくれない・・・海面がぐんぐん
迫ってくる。・・・しめた。・・・エンジンは息
を吹き返した。・・・
痛む目を皿のように見開いて、前方を見つめながら
跳び続けた。・・・「あっ、あれだ」見覚えがある
のだ。・・・ラバウルは近いぞ。・・・竹で作った
手製の距離計算尺を取り出し、ラバウルまでの距離
をはかった。直線で飛んだら二百二十キロだ。・・
燃料計の針は、四十リットルと五十リットルのあいだ
をさしてした。・・・あと四十分しか飛べないぞ・・
やがて前方に、うす黒くぼんやりと陸地がみえてきた
・・・あれを飛び越えれば、すぐラバウルだ。
わたしはうれしくなって、涙がこぼれそうになった。
・・・山はすっかり黒い雲におおわれて、大雨になって
いた。・・・この雲を飛び抜けることはできない。
神は、どこまでわたしを試そうとするのだろう。
燃料のことが気になるが、方法は一つしかない。
雲の下の海岸線を伝わって遠回りすることだけだ。
・・・
わたしは必死になって飛び続けた。・・・エンジンが
止まらないことを祈った。そのとき、ぱっと目の前に
飛びこんできたもの、それは、毎日毎日見慣れている
活火山花吹山だった。その隣が飛行場だ。
ああ、とうとうおれはラバウルに帰ってきた。
・・・飛行場の真上・・・高度五百メートル・・
燃料計が完全に零をさした。・・・
ズシン。接地のショックだ。・・・
ああ、とうとうラバウルに帰り着いた。」



posted at

2007年10月

2007年10月09日

2007年10月08日

2007年10月07日

2007年10月06日

2007年10月05日

2007年10月04日

2007年10月03日

2007年10月02日

2007年10月01日