2006年07月11日

親鸞・道元に見劣りがする?

道の手帳・鈴木大拙没後40年・
松が岡文庫 編

「鈴木大拙」(16)


<親鸞・道元に見劣りがする?>
「当時、二十歳をこえたばかりの私(志村)は、
先生(大拙)にずいぶんとぶしつけな質問を
したものであった。

「先生は学は東西古今にわたり、数カ国語を
マスターしておいでです。にもかかわらず、
親鸞や道元のような人と先生を比較してみると、
どうしても見劣りを感ずるのですが、
これはいったい、どういうわけなのでしょうか」

この質問に対して、先生は深く歎息されながら、

「それは誠(まこと)のためだ。
誠というものには限りがない。真剣になって
誠を尽くそうとすればするほど、それだけ、
尽くしきれない面がマイナスになってはねかえって
くる。
私には、そのマイナスに立ち向かう気力が不足して
いるのだ。わしにはまだまだ誠がたりないのだ。」

と答えられた。」
(志村 武「大法輪」33巻9号1966.9)


「わしは、ただ分からないことを分かろうと
一生懸命つとめただけだった。自分の能力の
可能性などということは全然考えてもみなかったよ。」
(大拙)

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