2005年01月22日

世界一の長編を書いた男がみた法然

中里介山
kaizan nakazato

「法然」

世界一の長編「大菩薩峠(未完)」を書いた
男にしか書けなかった「法然」である。

介山の法然にたいする言は、ニーチェの「この
人を見よ」のように、傲慢不遜と思えるほど常
軌を逸して、ベタ惚れである。学者は千百の批
判の矢を放つことだろう。
しかし、介山ほど、心で、法然に近づいた人が
いただろうか。


法然

「日本生まれの人で、真実、底の知れない器と
腹とを持っている人は法然よりほかにその人も
あるであろうが、私には、全く唯一の人だとい
える。」(昭和6年4月 介山)

「日本において、本当に一宗教を創立したもの
は法然のほかにない。・・・
日本において法然ほどの革命家はない。・・・
彼は一宗の創立者であるのみならず、日本のす
べての仏教を南無阿弥陀仏で統一してしまって
いるともいえる。・・・
彼の特色の一つは終生平民僧であったことであ
る。・・・平民僧であって帝王・宰相の師とな
り、同時に盗賊・遊女の師となり得て、その間
に少しの無理嬌飾もなかったという大きさが他
に類例のないところである。・・・終生、僧位
僧官の何物もなく、墨染めの衣をまとい、金剛
草履を引きずって、流罪の時のほかは輿(こし)
にも車にも乗らず、さっさと、法縁のあるとこ
ろに赴く。・・・「われ知恵第一と称せらるる
といえども、その知恵や何物、仏海の浜の砂の
一つにも足らず。・・・」
・・・彼の特色としては、その生ける時代にお
いて、当時の第一人者として、絶対的に許され
ていたことである。宗教の開祖、あるいは一代
の改革者には概して逆境者が多い。・・・
かくも順境なる開宗者というものは、世界のい
ずれにもなかろうと思う。・・・最大の理由は
最初から彼の器が大き過ぎたからである。」


panse280
posted at 09:10

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