2004年12月25日

非情の裏のやさしさ

柴田錬三郎1917-1978
renzaburo shibata

「眠狂四郎1801-?」

本名は“新也”(15歳まで)
“松平主馬(しゅめ)”(20歳頃?)
父は、オランダ人医師ジュアン・ヘルナンド。
母は、大目付・松平主水正の娘・千津。
“眠狂四郎”という名は、20歳の時、名乗っ
た、デラタメな名前。


剣の修行中には、常静子の『剣談』や『剣攷』を
くりかえし読み、書は王羲之(おうぎし)を学ぶ。
冬でも、足袋は履かない。
酒は飲むが、食物には手をつけない。

「大菩薩峠」の机龍之介の後継者としての眠狂四郎
は柴田錬三郎氏の創造したニヒリスティックな
ヒーローである。


<眠狂四郎 語録>
「今日だけがあって、明日のない男と思って頂こう」

「おれは、目を開けている間は、いつもおのれを欺い
ている。いや、それとも、おのれに欺かれているのか
も知れぬ」

「日本全土をさがしても、いざとなった時、将軍家を
平然と斬れるのは、わたしのほかには居らぬ」

「神を斬れるものなら、とっくのむかし、斬って居るが……」

「無数の人命を断ったおれには、自身の腹を切る勇気はない」

「おれは、一軍を指揮する器ではない」

「人間というやつは、どうやら、一本の道筋しか辿れ
ぬように生まれついているらしい」

「物事は、なるべく、悪い方に、考えをはこんだ方が
よかろう。おれの今日までの経験が、そう教える」

「血汐を流すには、あまりに景色が美しすぎる」

「人を斬るが、人をだますことはせぬ男だ、と思ってもらおう」

「わたしは、無駄な振舞いをするのはきらいな男だ」

「女に看取られてこの世を去るような生き方は、して居らぬ」

「名文が立てば、実父であれ、兄弟であれ、肌身を許すの
が、女という生きものだ」

「生きている証をたてるには、女を抱くのが最も手っとり早い」

「わたしのような無頼の徒でも、男という奴は、女のほんの
些細な心づくしに、弱いものだ、と判った」

「わたしは、多くの若い女に、花の盛りの短さを見すぎたようだ」


panse280
posted at 19:04

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