2004年12月18日

富貴は吾が願ひに非ず

陶淵明365-427
touenmei

「歸去來の辭」

一番好きな中国詩人、陶淵明。

「陶詩は地味のようでいて実は華麗、痩せている
ようでいて実は脂ぎっている。李白や杜甫なども
皆およばない」(蘇東坡)


「私にとっての古典は、何と言っても杜甫である。
うわきな私は、ときどき他の詩人にむかって放浪
をこころみる。近頃は、陶淵明を、だいぶ苦労し
て読み、書いた。淵明は杜甫よりも、心ゆたかな、
人間としてはより面白い人間であったように思え
る。しかし私には、淵明の心のゆたかさが、かえ
っにが手なのである。」(吉川幸次郎)

「淵明の言葉は、つねに平静である。しかしそれ
は高い密度をもった平静さであり、平静なものの
裏には、複雑で濃厚なものが、ひしめき、かげろ
っている。」(吉川幸次郎)


<歸去來の辭よりの抜粋>
歸去來兮(かへりなんいざ),田園 將(まさ)
に蕪(あ)れなんとす,胡(なん)ぞ歸らざる。
・・・
歸去來兮(かへりなんいざ),交りを息(や)め
以て 遊びを絶たんことを請ふ。
・・・
木は欣欣として以て榮に向かひ,泉は涓涓として
始めて流る。
萬物の時を得たるを羨み,吾が生の行くゆく休する
を感ず。
・・・
富貴は吾が願ひに非ず,帝は期す 可(べ)からず。
良辰を懷ひて以て孤り往き,或は 杖を植(た)てて
耘す。
・・・
聊(ねが)はくば化に乘じて以て盡くるに歸し,夫
(か)の天命を樂しめば復(ま)た奚(なに)をか
疑はん。


panse280
posted at 11:24

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